So-net無料ブログ作成
検索選択

ドリカム 吉田美和さんと西川さんの結婚説は、最早、都市伝説!?(きんきんケロンパ“略奪婚”の末に…)

管理人が嵐の代々木ベイビーズになった日。ステージは数百メートルはあろうかと云う舞台だったのですが、管理人たちの席は運良く、丁度、バンド機材の真ン前だったのです。女性ドラマーの横に、若いラフな格好をしたギタリストさんがいたのですが。ライブの途中、突然、ライブに誘ってくれたファンクラブに入っているTちゃんが、管理人・へづ屋の腕を引いたかと思うと耳元で「あのギタリスト、美和ちゃんの旦那さまだよ」と教えてくれたのでした。

スポンサーリンク




美和ちゃん 年下の旦那.jpg

美和さんのダンナさまと云うと、死別したとしか聞いていなかったので、
(そうか~、新しい恋に踏み出していたのかァ~。
幸せになって下さいね)
とその場は、かなり若そうなギタリストさんを見つめ、
『好きな人と好きな音楽が出来るって、最高に素敵な事だよね♪』
と温かく見守り、ライブを楽しんでいたのですが、
ライブの翌日の晩、改めて検索してみてビックリ。


中でも一番驚いたのは、ドリカムメンバー西川さん
恋人同士だったとか、結婚していたとか、子供までいたとか
まことしやかに、今でも噂されていた事。
今でも一緒に活動している中村正人さんとだったりすれば、
まだ分かるのですが、なんで西川さん!?と思いました。


昔、「ブレイク・アウト」と云う曲が大ヒットした、
「スウィング・アウト・シスター」と云うグループがいた時も、
最初はそれこそ“ドリカム編成”の男性二人とボーカルの女性一人だったのですが、来日公演をする頃には、ドラマー(だったよな?)の男性が脱退していて、キーボード(だったと思います)の男性と女性二人のグループになっていました。男性二人と女性一人って難しいのかなァ~と思った記憶があります。(すみません、なにぶん、古い話なので。)



結論から言えば、かなり昔から、
吉田さんは、中村さんや、西川さんと付き合っているとか、結婚したとか
噂されていましたが、これはあくまで噂であります。

2000年前半、9歳年下の映像ディレクター、末田氏と事実婚をしており、末田さんが病気で亡くなってから、約10年後。「FUZZY CONTROL」の鎌田樹音と云う方と、正式に入籍されていらっしゃいます。

ですから、西川さんと結婚されたと云う事実は、まったくありません

そして、この「樹音」と云うお名前からも分かる通り、
かなりお若い方で、美和さんは19歳年上の姉さん女房さんになります。

スゴイ!
美和さん、年下キラー!!

でも無理ないですよね。
美和さん、とっても魅力的ですもん♪

へづ屋より○歳、お年上だと云うのに、
あの広い舞台を駆け巡り、踊りまわり、息一つ切らせず二時間半熱唱し。
そんなコンサートライブを全国で演ってらっしゃるのですから。

あんなにキラキラした魅力的な女性だったら、
男だっら惚れても無理はありませんよ。
管理人・へづ屋だって、ベタ惚れですもん(笑)


代々木国立競技場でのライブで、管理人の右隣の若いお嬢さん二人組は、
「ATTACK25」のTシャツを着こみ、涙流して踊ってらっしゃいましたし。
一緒に行ったTちゃんもペンライトもってノリノリでしたし。
周囲は当然の如くオールスタンディングでしたが、
年寄りへづ屋は、席が一番前なのを良い事に途中何回か座らせて頂きました。
これでも若い頃には、東京ドームで演ったマイケル・ジャクソンのコンサートライブで、周囲が座っているのに、一人で踊っていたんですがねぇ~
いやいや、よる年波には勝てません(苦笑)

夏にはビッグイベントもひかえてらっしゃる、ドリカムのお二人。
吉田美和さんには体調に留意し、ワンダーランドなどで、全国にハッピーな音楽を届け続けて行って頂きたいと思います♪


スポンサーリンク




話が突然変わって申し訳ありませんが。肺がんであった事を周囲に隠し続け、「アド街ック天国」を降板後、容体が急変し、先ごろ急逝してしまった愛川欽也さんですが。1978年に結婚し、2005年には“いい夫婦”として表彰までされた、うつみ宮土理さんとは“おしどり夫婦”として有名でしたが、このお二人のご結婚が、“略奪婚”と言われるものであった事を、管理人は愛川さんの死後、某サイトで知りました。

曰く、愛川さんの死後のうつみさんの記者会見を見て、『他人の結婚や家庭を壊す人の記者会見の言動は非常識』云々とあって、家にテレビがなく、その記者会見を見てない管理人は何とも言えない想いを味わいましたが、見てない以上その件についてのコメントは差し控えますが。


そもそも1972年「きんきんケロンパ歌謡曲」で、愛川さんとうつみさんは初共演。1975年「シャボン玉こんにちは」でも共演しますが、愛川さんから見たうつみさんの第一印象は意外にも悪かった様です。プライベートでの付き合いは全くなしで、二人がお互いを意識し始めたのが、出会ってから6~7年目の事だったとか。その後、愛川さんの親友の社長さんにうつみさんを紹介しお見合いさせたら、愛川さんが「ちょっともったいない」と思い、彼女の実家に通い始めたとネットにありましたが、これが事実だとしたら、お二人が結婚した1978年に急接近と云う事になりますし、愛川さんは「その頃ちょうど六本木や赤坂や銀座に疲れて」とおっしゃっているそうなので、前の奥さんとの関係が冷え込んでいて、前妻と離婚した翌日にうつみ宮土理さんと結婚(再婚)しているというのだから、これは“略奪婚”と騒がれても仕方のない事だと思います。せめて、もう少し待つ事が出来なかったのかな・・・と思ってしまう管理人は古い人間なのでしょうか。

『ケロンパ』の愛称の由来は諸説ありますが、ケロっとしている「ロンパー・ルーム」のお姉さんからと言う事で、「巨泉×前武のゲバゲバ90分」に出演した時に司会の前田武彦さんに付けられたと云うのが通説の一つになっている様です。
この事からも、うつみさんがいかにさっぱりとした性格であったかと云う事が伺い知れると言えると思います。事実、結婚27年目になる2007年に愛川欽也さんの不倫が発覚した時、当時72歳の愛川さんにうつみさんは「あんた、かっこいいじゃん」と褒めたと言います。不倫相手は28歳という孫とおじいちゃんくらい離れている恋愛に対してです。この言葉は嫌味などではなく、老人と言っても過言ではないほどの年齢になっても、二十代の女性に対して魅力を感じてもらえる事に対しての事だと思われます。ケロンパさんの懐の広さや愛川さんへの愛情が感じられると思います。

きんきんケロンパ.jpg

お二人の結婚に対しては賛否両論あった様ですし、愛川欽也さんの娘さんはうつみさんを好いてはいないなどの噂もあり、結婚当初はかなり苦労していた様ですが、それはもう仕方のない事でしょう。他人の結婚相手に手を出す事は不倫であり、倫理的にも道義上にも許される事ではないのですから、愛川さんもうつみさんもある程度の事は覚悟の上での行動だったのでしょう。


昨年末頃に発覚した愛川欽也さんの肺がん。仕事人間と云う愛川さんは自宅療養を選び、仕事に穴をあけることなく勤め上げる事が出来たのは、自分の仕事の量をセーブし、「出没! アド街ック天国」を降板した三月からは仕事もせずに愛川さんの看病をし続けたと云ううつみさんの深い愛情なくしては語る事が出来ないと思います。つきっきりで介護をする事がどんなに大変な事か。両親の介護を何年もした管理人自身が一番良く知っています。
“略奪婚”と言われる結婚の形を取ったお二人でしたが、最期の最後まで一緒にいる事を選ばれたと云う事は、そこまでの深い愛情と絆があったと云う事でしょう。

アド街 ギネス.jpg

2014年9月「出没! アド街ック天国」の司会が「世界最高齢の情報番組司会者」として、ギネス世界記録に認定されました。また死去された4月15日は、奇しくもこの番組が20年前に放送を開始した日でもありました。4月18日の放送分のスタッフロールが流れた後には、愛川さんに哀悼の意を表するテロップが流れたとの事です。

「アド街」は、「ちい散歩」と共に、亡き父の大好きな番組であり、その頃実家でゆっくりテレビを見る事の出来ない管理人の好きな数少ない番組でありました。
愛川さんがこの様な偉業を達成し、お茶の間から愛されたのは彼自身の資質や才能は勿論ですが、うつみさんの内助の功あっての事だと管理人は思います。


他人からどのように非難されようとも、最後まで貫けば、本物になると、管理人は考えます。

吉田美和さんも不倫の末の結婚、“略奪婚”の汚名は生涯消えないでしょうが、今の旦那さまとの関係を大切にし、全国のファン“ベイビーズ”たちの期待を裏切る事なく、輝き続けていって頂きたいと切に願うものであります。

スポンサーリンク




nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0)  [編集]

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました
Copyright © ドリカム吉田美和応援ブログ! All Rights Reserved.
当サイトのテキスト・画像等すべての転載転用、商用販売を固く禁じます

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。